土壌が入り口になって、すっかり目に見えない相手に夢中になってしまいました。

夢中になるほど面白い、目には見えない相手とは…?

それは、微生物です。

土を豊かな土壌に変える錬金術から、私たちの健康、地球環境まで…。
目に見えない微生物の世界は、私たちの中にも外にも、地球全体に広がっていました。
それはあまりに広大で、パワフルで、無限の可能性を秘めた世界。

一度足を踏み入れたら、戻って来れなくなるのではないかと思えるほど広大なフロンティアが、見える世界に重なるようにして広がっていたのです。

文章にしてお伝えすることなど到底できそうもないのですが、私の驚きを発信することで、少しでも多くの方が、この『新しい見方』を知るきっかけになればいいなと思っています。

無限の可能性を秘めた、驚きの微生物の世界に、一緒に足を踏み入れてみましょう。

微生物ってなあに?

微生物とは、肉眼では見ることのできない極小(10分の1ミリ未満)の生き物全てのことです。
微生物は地球上で最も数が多く、どこにでもいて、最も繁栄しています。

微生物が繁栄しているわけは、そのたくましさと高い適応能力、凄まじい繁殖力にあります。

高い適応能力

微生物は地球上のほぼ全て、どこにでもいます。
土の中はもちろんのこと、水の中、空中、そして私たちの体内にも。

極限環境微生物と呼ばれる微生物は、極度の高温、低温、酸、アルカリ、高圧力、高塩濃度、トルエンなどの有機溶媒にも耐えられます。

例えば、300度を超える熱水が噴き出す海底の噴出口周辺で生きるものや、南極の氷の下で生きるもの、人間が死に至るとされる放射線の1000倍の放射線に耐えられるものもいます。
デイノコッカス・ラディオデュランス…この強靭な微生物は、なんと原子力発電所の冷却槽の中で繁殖できるのです!放射性廃棄物を浄化してもらうことも、夢ではないかもしれません。

凄まじい繁殖力

微生物が高い適応能力を持つことができるわけは、繁殖スピードの速さと、繁殖方法にあります。

微生物は物凄い速さで増殖(世代交代)でき、中には20分に1回という速さで世代交代するものもいます。

そして、遺伝子を交換する際に求愛行動や交尾を必要としません。
まるで握手を交わすように気軽に、遺伝物質を交換することができるのです。
しかも、それは微生物同士だけに限りません。
種の壁を越えて、遺伝子をやりとりできるのです!

動物や植物の死骸からでさえ、遺伝子を取り込むことができる…。
これは「遺伝子の水平伝播」と呼ばれています。

微生物は、この繁殖方法と世代交代の速さで、ピンチに陥っても他の生き物の遺伝子を自らに組み込んで変異し、適応していくことができるのです。

微生物の種類

微生物は数だけでなく多様性に富み、数百万から数億種がいると推定されています。

  • 核を持つ真核生物…原生生物(アメーバなど)藻類(クロレラなど)菌類(カビ、キノコなど)
  • 核を持たない原核生物…古細菌(高度好熱菌など)や細菌(大腸菌など)
  • ウイルス…細胞からできておらず、微生物だと考える科学者もいれば考えない科学者もいる


私たちの目には見えませんが、このように微生物はすごい能力で地球上で大繁栄しているのです。

一体どのようにしてそんな世界がはじまったのでしょうか。
彼らの進化の過程からは、さらに驚くべきことが浮かび上がってきたのです。

生命の進化は微生物の融合と共生から始まった!

共生とは、生物が互いに共同して、あるいは一方がもう一方の中で生きていることを指します。

はるか昔、古細菌が細菌と融合した時から、生命の進化は始まりました。


「なんだって!?
個体同士の競争が進化を促したんじゃなかったの?ダーウィンの進化論と全然違うじゃないの!」

そうです。
びっくり仰天です。


生命の進化は競争と淘汰ではなく、共生により始まった。


アメリカの異才の科学者、リン・マーギュリスが提唱した『シンビオジェネシス理論』は、別個の微生物が融合し、新たな能力を持つ生命体に変化するということが数億年にわたって起き、それが動物、菌類、植物の祖先となったとするものです。

はるか昔に微生物に起きたとされる大事件を、ざっくりと解説しましょう。

最初の融合

最初の融合が起きたのは約20億年前。
古代の嫌気性細菌である古細菌と遊泳細菌の間で、それは起きました。

古細菌が遊泳細菌を取り込み、新しい生物が誕生したのです。

古細菌と遊泳細菌の融合は、はじめから「私たち仲良くしましょうね〜」というような平和的なものだったわけではなく、激しく争った結果、互いにとって有益な方法を受け入れたのだろうと考えられています。

遊泳細菌は古細菌の中で、尾のような付属器官になりました。

この融合により古細菌は遊泳能力を獲得し、遊泳細菌は確実な食物源(古細菌の代謝副産物)と古細菌の体内という安全な領域を手に入れました。

この融合が、藻類や原生生物へと進化したのです。

第2の融合

第2の融合は約12億年前。
この頃、シアノバクテリアや藍藻により、地球には酸素が急増していました。

これにより、酸素を利用できる好気性細菌が繁栄できるようになりましたが、最初の融合で生まれた原生生物の中には、嫌気性のものもいました。

増えゆく酸素の中で、窮地に追い込まれた嫌気性の原生生物(アーキア)は、好気性細菌を自らの中に取り込み、酸素を使って生きる生物へと進化を遂げたのです。

このアーキアが、私たち多細胞生物の祖先です。

今日、第2の融合で取り込まれた好気性細菌は、ミトコンドリアとして多細胞生物の細胞内でエネルギー生産を担っています。

第3の融合

第3の融合は約9億年前。
酸素を使って生きる生物に、光合成細菌シアノバクテリアが取り込まれました。

こうして、古細菌+遊泳細菌+酸素呼吸生物は光合成能力を手に入れ、植物を生み出したのです。

取り込まれたシアノバクテリアは、今も葉緑体として植物の中に生きています。

シンビオジェネシスを証明するもの

そんなロボットの合体変身みたいな理論が真実なの?と、疑わしく思われるかもしれませんが、シンビオジェネシス理論を裏付ける痕跡は、ミトコンドリアと葉緑体に残されています。

ミトコンドリア

ミトコンドリアは全ての真核生物が持っていますが、原核生物には見られず、ミトコンドリアを覆う膜は、細胞の他の部位とは化学的性質も機能も違っています。

ミトコンドリアは独自のDNAを持っており、細胞核内のDNAとは複製過程が違ううえ、複製の仕方もタイミングも、細胞とは異なるのです。

これは、ミトコンドリアがかつては細胞外に存在した別の生物であったことを裏付けています。

葉緑体

葉緑体は光合成を行う全ての生命体の中に存在しています。
葉緑体もミトコンドリア同様、細胞核内のDNAとは違う、独自のDNAを持っており、それはシアノバクテリアのものと似ています。
長い年月を経て、ゲノムが小さくなってしまっているそうですが、葉緑体はかつてはシアノバクテリアだったと考えられます。

発表当時(1967年)、シンビオジェネシス理論は見向きもされませんでした。
しかし、今では多くの生物学者が微生物の融合が多細胞生物を生み出したという理論を受け入れています。

いつの日も、常識をひっくり返す理論はなかなか受け入れられるものではないのですね。
この理論は、私たちの世界の見方を根本から変えてしまうほどのものなのですから…。

競争と淘汰から、協力と共生へ。

はるか昔に私たちの祖先が選んだ進化の方向性は、協力と共生。
協力と共生こそ、進化の駆動力だったのです!

土壌と微生物

地球上どこにでもいる微生物ですが、土壌の中にもたくさんの微生物がすんでいます。
その数はわずか1gの土壌の中に約1兆!!

土壌の中では微生物が動植物などの有機物を分解し、再び生命を生み出すという神業にも等しいことが、たえず行われています。
この働きにより、土は豊かな土壌に変わるのです。

土壌の中で何が起こっているのかについては、前回の記事 新しい農業 でも述べましたが、同様のことが書籍『土と内臓』にも書かれていましたので、以下に引用します。

 微生物は動植物の死骸を分解するとき、生命の構成要素を循環に戻す。その中には三大栄養素ー窒素、カリウム、リンーのほかに、主要な栄養素すべてと、植物の健康に必要なさまざまな微量栄養素が含まれる。さらに、微生物は栄養素を必要とされるところー植物の根ーに運んでいる。

『土と内臓』デイビッド・モントゴメリー+アン・ビクレー著より

微生物は、土壌を豊かにするだけでなく、植物が必要とする栄養素を供給し、分配しています。

そして、死してまた土壌の有機物となって、新たな生命の土台となっていくのです。
(死んだ微生物は、土壌有機物の最大80%にもなるのだとか!
凄まじい増殖力と速い世代交代は、土壌の有機物生産という点においても貢献しているのですね!)

生命が死と融合し、また生命を生み出す。
微生物はまさに、生命の錬金術師です。

健康と微生物

植物と微生物の共生関係とそっくりなことが、私たちの体の中にもあります。

植物が根圏に微生物を棲まわせているように、私たちも体内に多くの微生物を棲まわせています。
人体には約1000種類、100兆もの微生物が生きているのです。

中でも、腸の中には多くの微生物が棲んでいます。
これら微生物との共生は、私たちに栄養と、病気への抵抗力という利益をもたらしています。

人間の内なる土壌に棲む細菌の大群は、消化されなかった植物質や死んだ大腸細胞だけでなく、粘液も食べる。引き換えに、その代謝産物は大腸の栄養となり、その存在は病原体を抑制する。私たちの微生物のパートナーが、私たちが食べたものを材料にして有益な化合物や防御物質を作る様子は、根圏微生物相と根の相互作用とそっくりだ。

『土と内臓』デイビッド・モントゴメリー+アン・ビクレー著より


病気を引き起こすとして恐れ、殺すことに躍起になっていた微生物ですが、実は私たちの健康に有益なものも数多くいるのです。

免疫力をアップさせるバクテロイデス・フラジリス、血糖値上昇を抑えるプレボテラ・コプリ、整腸作用で知られるビフィズス菌…。
胃癌を誘発するとされるヘリコバクター・ピロリにも、アレルギーや喘息、食道炎を抑える働きがあることが、近年の研究でわかってきたそうです。

微生物の力を使ったがん治療も研究されています。

これまでの抗がん剤や放射線治療のように、正常な細胞にまでダメージを与えることなく、がんを縮小または消滅させることができるとして、臨床試験で大きな成果をあげています。


抗生物質が私たちを様々な病気から救ってきたのも事実ですが、「殺す」ことを基本とした治療法だけでない新しい治療法が、「協力、共生」という新しい見方から生み出されようとしているのです。

見えないパートナー

目には見えない小さな微生物は、地球に酸素をもたらし、生命の進化の駆動力になりました。
私たちは何十億年も前から、微生物と共生することで生きてきたのです。

それなのに、現在の私たちの微生物との関わり方は、殺すことを基準にしています。

確かに、農薬や抗生物質の使用は短期的には成果を得ることができました。
多くの命が救われてきたのも事実です。
でも、長期的には土壌の劣化、作物の栄養不足、耐性菌の出現、免疫力の低下、環境破壊…と、様々な問題を抱えることにもなりました。

このような危機的状況を招いてしまったのは、見えないもう一つの世界を、誤解してとらえていたからではないでしょうか。

微生物が土を豊かにし、植物と共生して栄養豊富な作物を作り、それが私たちの体を養い…
そしてまた、その栄養素を糧にして体内に棲まわせた微生物が繁栄し、代わりに有益な化合物と、病気への抵抗力という恩恵をもたらしてくれる…。

それはまるで合わせ鏡のように、どこまでも私たちの命と深く繋がっています。

見える世界と見えない世界が織りなす模様は、フラクタル構造になっているのかもしれません。


これまで敵としてしか見られなかった、目には見えない相手は大切なパートナー。


『新しい見方』は、微生物とどう戦うかではなく、どう協力していくか…という方向へと私たちを歩ませてくれることでしょう。

太古の海で、アーキアが選んだのと同じ道。
「協力と共生」という、進化の方向へと。