『シンデレラ』は世界中で大変有名なお話です。
絵本やアニメーションなど、様々な作品として描かれていますが、中でもケネス・ブラナー監督の実写版映画『シンデレラ』は、美しい映像と感動的なストーリーで、私の好きな映画のひとつです。

前回の記事蝶が舞うという奇跡を書いてから、シンデレラのことが頭から離れなくなってしまい、彼女の遂げた変容について、思いめぐらせていました。
『シンデレラ』の作品の中には、試練を乗り越え、大変容を遂げるための大きなヒントが隠されています。
キーワードとなるのが、『勇気と優しさ』そして、ほんの少しの『魔法』…。

映画を観ていると、シンデレラの心の優しさが伝わってきます。

小さな生き物たちと心をかよわせ、森で出会ったシカを狩人(王子)から守ってやります。
絶望の淵に立たされ、泣き崩れているところに現れた名も知らぬ老女にすら、彼女は親切にしてあげるのです。
その優しさが、魔法使い(フェアリーゴッドマザー)を動かすことになります。
魔法の力によって、召使いから姫君へと大変身したシンデレラは、お城の舞踏会に参加するのですが…。

物語を観ていて、ふと思ったのです。
「シンデレラの勇気とは、何だったのだろうか…。」と。

勇ましい気と書いて、『勇気』。

女性らしさを強く感じさせるシンデレラですが、彼女の勇ましさとは…??
それは、彼女が試練の中で磨き上げてきた、内面から発せられる光の剣だったのです。

光その1、己の主であり続ける勇気

シンデレラは、継母や姉たちから、こっ酷くいじめられていました。
見下され、バカにされ、人として扱ってもらえず、つけられたあだ名が「シンデレラ」(灰かぶり)です。

でも、彼女は輝きを失いませんでした。
継母や姉たちがどんなにシンデレラを蔑み、酷い言葉を吐き捨てようとも、自らの価値を彼女たちの基準に合わせるということをしなかったのです。

あのような環境の中で、ブレることなく自分の軸を持ち続けるのは、相当強い意志がなければなりません。

己の価値を決める者は、己以外にはない。

シンデレラは消え入りそうになる惨めさの中で、決して他人に自己を明け渡さず、いかなる時も自らの主であり続けたのです。

光その2、信念を貫く勇気

お城に落としてきてしまったガラスの靴を頼りに、王子が自分のことを探していると知ったシンデレラ。
よろこびで高鳴る胸を抑えて、思い出のガラスの靴を隠してあった箱に手を伸ばしますが…。
そこには、ガラスの靴を手にした継母が待ちかまえていました。
継母は、「王子と結婚したければ、私を王家の長として扱いなさい。」と、勝手な条件をつけてシンデレラを脅します。

王子との結婚という華々しい未来がすぐそこに見えているのです。
ひどい条件も、王子と結婚さえできればなんとかなる…。そんな風に考えて、結婚に飛び付いてしまいそうですが、シンデレラは継母の出した条件を一蹴しました。

「たとえこの身がどうなろうとも、王子と国は守ってみせる。」

王子への愛を胸に、全てを手放す覚悟をしたのです。
シンデレラはこの時すでに、君主の妻として相応しい強い信念を持っていました。

光その3、ありのままの自分を愛する勇気

ついに、シンデレラがガラスの靴を持った王子の前に姿を現す時がやってきました。
でも、魔法はもうありませんから、彼女は普段のみすぼらしい姿です。

こんな自分を受け入れてもらるだろうか…。
継母や姉たちのように、目に見えるものだけを信じてきたなら、堂々と彼の前に立つことはできなかったでしょう。

「君は誰なんだ?」
尋ねる王子に、父母につけてもらった「エラ」という名を名乗るのかと思いきや、彼女はこう名乗ったのです。

「シンデレラです。」

試練の中で磨き上げてきた自身の内面に、彼女が誇りを持つことができるようになっていた証です。
彼の前で堂々と、ありのままの自分を表現できたのは、自らの全てを受け入れ、愛することができたからなのでした。

光の剣 在るということを許す勇気

誰でも、本当に苦手なもの、ありえないと思うほど嫌いなものが存在します。

心優しいシンデレラにとって、意地悪で心醜い継母たちの存在は、許せないほど憎く、受け入れ難い存在だったのではないでしょうか。

この「許し難い存在」とは、実は、シンデレラの心の闇なのです。

蔑む声、罵る声は、受け入れられずに切り捨ててきた、自己の一部分に対する裁きの声…。
光あれば影があるように、誰もが両方を必ずもっています。
光だけの存在であろうとすればするほど、闇はつきまとうものなのです。

物語のラスト。
王子とともに屋敷を出ていく時、シンデレラは継母にむかってこう言い放ちます。

「あなたを許します。」

在ることを許さなかった、自分自身の中の闇の存在を許した時、解放されたのは継母や姉たちではありませんでした。
シンデレラ自身が解放されたのです。

許さないことは、自分自身にも制限をかけ続けます。

在るということを許す勇気。

これが、光を束ねた剣となり、彼女の厚いさなぎの皮を切り開いたのです。
そして、シンデレラは輝く姿へと変容を遂げました。

勇気と優しさ、そして、ほんの少しの魔法…

シンデレラの勇気を思う時、それはやはり、彼女の優しさがあってこそ磨き上げられたものだったのだろうと思います。

優しさに裏打ちされた、強さと勇気。
それは、腕力や権力とは違う、しなやかな心が放つ光でした。

映画の最後に、シンデレラの魔法使い(フェアリーゴッドマザー)はこう言います。

「勇気と優しさを忘れずに。そして時には、ほんの少しの魔法も…。」

このセリフは、
「光と闇を統べる者であれ。さすれば時に、天はその力を貸すであろう…。」
私にはそんな風に聞こえるのです。

『光と闇を統べる者』

そう在れますように…。
そうすればきっと、見えない存在が、私たちの変容の時も力を貸してくれると、信じています。

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