大変なことが起こりました。
ベランダ組のラン女王が、巣に帰ってないのです。

ベランダ組はほとんど観察できていませんでしたから、気がついたときにはすでに女王蜂の姿はなく、いつから女王蜂が帰ってきていないのか、はっきりとはわかりませんでした。
少なくとも、4日以上は経っていると思われました。

前回の記事をまだ読んでいない方はこちらからどうぞ。
アシナガバチ観察4〜6月 女王蜂の子育て奮闘記
(今回も虫が苦手な方は見ないようにして下さいね。)

ベランダ組にはラン女王の他に、床すれすれの場所に巣をかまえるユカ女王がいます。
ユカ女王はちゃんと巣に戻っていました。

ラン女王の巣をのぞくと、1令や2令幼虫はもうすでに黒く変色し、死んでしまっているようです。
3令以上と思われる大きめの幼虫たちはかろうじて生きているようでした。

ベランダの床には、一匹のアシナガバチの死骸がころがっていました。
ラン女王なのでしょうか。
やはり、狩りは命がけです。


「どうしよう?!」

放置か、手を出すか、放置か、手を出すか…。

私は残された巣を前にして、悩みました。

「手を出したところで、助けられるの??
どうしようもないじゃないの。」

やめよう…。仕方ない。

そう思いました。

しかし、あの幼虫たちはまだ生きているのです…。
このまま、飢えて乾いて、死ぬのを待つしかない幼虫たちを思うと、やっぱり放置することなどできない…!

私は、巣柱をハサミで切り取り、巣をとりあげたのです。

どうしよう?!

巣の中には、じっとかたまって動かない幼虫たち。
どうすればいいんだろう…。

そういえば、アシナガバチについて調べた本の中に、女王蜂を失った巣を他の女王蜂に託して育ててもらったという話が載っていたな…。

そんなことできるんだろうか?
もしこの子たちを託すとしたら、庭組の低い位置に巣をかけているはに子女王か、カオリ女王だけど…。
はに子女王のところは狭いし、巣の取り付け場所がない。
カオリ女王のところならばジンチョウゲの枝に糸で結びつけることができるかもしれない…。

私は、一か八か、この巣をカオリ女王に託してみることにしました。

巣に糸をかけ、枝に結びつける準備をし、庭に出ました。

昨日からの雨で、ジンチョウゲも葉に雨水をためています。
赤い傘の下の、カオリ女王の巣を探しました。

カオリ女王は巣の上でじっとしていました。
私は雨に濡れながら、ゆっくりとラン女王の巣をカオリ女王の巣に近づけ、枝に糸をかけました。

カオリ女王はサッと身構えて、警戒しています。
昨日からの雨でただでさえイライラしているのに、どこの誰のものともわからぬ巣が天から降りてきたのです。
驚くにきまっています。

「ごめんね、カオリちゃん。」

私が糸を枝に結びつけるやいなや、カオリ女王はカンカンに怒りました!

怒って、私が結びつけた糸をものの数秒で噛みちぎり、ラン女王の巣を地面に叩き落としたのです。

「ああ!!!ダメだ!!」

試みは数秒で失敗に終わりました。

雨の中、我が子を育てるのに必死な母蜂に、よその子を託そうなんて都合がよすぎたのかもしれません。

地面に落とされたラン女王の巣は、濡れて変形してしまいました。

「困ったな…。」

巣の形をできるだけ整え、中をのぞきます。
幼虫たちがほんの少しだけ動きました。
生きている…。


こうなったら、私が育てるしかないではありませんか!


幸い、アシナガバチについて読んだまた別の本の中に、著者がアシナガバチの幼虫を育てる場面が描かれていました。
アシナガバチの幼虫を、虫団子ではなく、刺身団子で育てるというものです。
同じ動物性のタンパク質なら、魚の身でもいけるということでしょう。

やってみるしかない…。

母蜂に魅了されてはいましたが、まさか自分が母蜂の代わりをつとめることになろうとは、思いもしませんでした。

ペットボトルに入れたラン女王の巣


生きのびろ、蜂の子たちよ!

とりあえず試しに、はに子に与えたら喜んで舐めたシロップを水で薄めて、注射器型のスポイドで幼虫の口元に垂らしてみました。

かすかに口を動かしています。

いけるかもしれない…。

私は刺身を小さくちぎり、箸の背で丹念に潰して指先で小さく丸めました。
それを爪楊枝の先につけ、幼虫の口元に置いてみたのです。

モグモグモグ…ポロリ。

あれ?

もう一度。

モグ…。

口の動きが止まってしまいました。

「ダメだ、食べない。」

刺身団子は虫団子より不味いのでしょうか?

とっさに、うちの子どもたちが食べているシュークリームが目に入りました。
「カスタードクリーム!!!」

甘くてねっとりと柔らかく、タンパク質と糖分、脂質でできている。
「ナイス!シュー!!」

爪楊枝の先にカスタードクリームを少しとって、与えてみました。

モグモグモグ….。

少し、食べました!!

ほんの少しですが、食べる姿が確認できホッとしたのです。

はたして、幼虫たちは生きられるのでしょうか…?

しっかりしろ〜!!

翌朝、巣の中の幼虫たちを確認するとなんだか昨日見たよりも黄色っぽくなっています。
少し乾いたような感じ。

昨日はほんの少しのシロッップとカスタードクリームを舐めただけ。
発見までにも水分を失っていたであろう体が限界にきているのかも。

「水だ!とにかく、水分!」

まずは水分補給。そんな簡単なことに、何でもっと早く気が付かなかったんだろう。

私は注射器型のスポイドで、慎重に幼虫たちの口元に一滴ずつ水を垂らしていきました。

かすかに口元が動いて、飲んでいるようです。

しかし、黄色っぽく乾いた幼虫たちを見ると、絶望の二文字が襲ってきます。

やっぱり、もうダメなのだろうか…。



いや、あきらめるのはまだ早い。
まだ生きているではないか。

可能性は残されている。

こんな時、私のあきらめの悪さが役に立つのです。
もうやけくそで、幼虫たちに水で薄めたシロップを与え続けました。

一筋の希望

保護から3日目

保護から3日目。

刺身団子は相変わらず食べてくれません。
放置された時間が長すぎたのでしょうか。固形物はまるでうけつけませんでした。
しかし、何度も水分補給させたことがよかったのか、黄色く乾燥していた体表は白っぽい色に戻っていました。

「まだ生きてる…。」

色々考えて、この日からタンパク源を卵白に変えてみることにしました。
動物性タンパク質なら、卵白でもいけるんじゃないかと思ったのです。
糖分もシロップから、さまざまな栄養素が含まれているハチミツに変えました。
ハチミツと卵白を水で溶いて、それをスポイドで与えてみました。

モグモグモグ…。

小さな牙が2本生えた口元が動いて、水滴がシュルッと吸い込まれました。
飲んでる!

よかった…。
なんとなく元気になったようにも見えます。

しかし、このままでは延命はできても成長はできないかもしれない…。

そう思ったとき、巣の中央部分の5つのまゆが目に入りました。

そうか!
このまゆの中のさなぎが生きていれば、羽化してくるはず。

働き蜂が羽化すれば、母蜂に代わってこの子たちを育ててくれる!

幼虫がまゆをつくってから羽化するまでは確か20日ほどかかるとか。
あとどれくらいしたら、このまゆから姉さん蜂が羽化するのだろうか??

それまでの間なんとか命をつなげれば、この子たちは助かるかもしれない。

死の闇迫る中、一筋の光が見えてきたのでした。

姉さん蜂の誕生!思わぬバトンタッチ

私は眠る時もペットボトルに入れたラン女王の巣を自分の枕元に置いて寝ました。
いつ働き蜂が羽化してくるかわからないからです。

羽化した時に、我が家の猫たちに襲われでもしたら希望は消えてなくなってしまうのです。

夜中にハッと目が覚めて、スマートフォンのライトをつけて巣を確認していたら、何だか寝たような寝てないような感じで、日中もぼーっとしてしまいます。

「いつになったら、姉さん蜂は生まれてくるんだろう…?」

朝ご飯を食べ、途中手を止めて幼虫たちに卵白ハチミツを与え、またご飯の続きを食べて…。

洗い物をして、洗濯をして、また幼虫たちに卵白ハチミツを与え、それから掃除機をかけて…。

やっと家事を終えて、また幼虫たちの世話を…。と思って巣を取り上げた瞬間、

「あっ!!!」

思わず声を上げました。

まゆの一つが、少しだけ破けていたのです。
膜の裂け目から、中で何かモゾモゾと動いているのも見えました。

「羽化が始まった!!!」

まさかこんなに早く、その時が訪れるとは思いもしませんでした。

頑張れ、姉さん蜂

1匹目の働き蜂が羽化してから2日。外出している間に2匹目の働き蜂が羽化していました。
2匹は、仲良げに巣の上でウロウロしています。

しかし、最初の働き蜂が羽化してからもう3日経とうとしているのに、働き蜂は飛び立つ気配も、狩りに出る様子もありません。

巣もかなり補修しなければならないだろうに…。
歪んだ巣から幼虫が少しはみ出しています。

「大丈夫なんだろうか?」

私は気になって何度か幼虫たちにハチミツ水を与えようとしましたが、姉さん蜂たちまでもが威嚇しながらもスポイドに光る甘い水滴を舐めようとするのです。

母蜂不在の影響なのでしょうか?
困ったものです。

何とか、頑張ってほしいなあ。

頑張れ!姉さん蜂たち

今回はここまでです。
引き続き、少し離れて働き蜂を応援しながら観察を続けていきたいと思っています。

アシナガバチ観察6月 さまよえる王子