アシナガバチは民家の軒下などに巣を作ることが多く、よく知られている蜂ですが、彼らがどのような生態をもつ生き物であるかを知っている人は意外と少ないのではないでしょうか。
私も自分の家の庭に彼らの巣を発見し、観察を始めるまではほとんど知りませんでした。
アシナガバチの生活を見つめながら、疑問に思ったことを調べたりするのは楽しいもので、いつの間にか恐怖心は薄れて、彼らへの理解にかわっていきました。
アシナガバチはどんな蜂なのか。
私が見つめ、調べた彼らの生態をご紹介したいと思います。
アシナガバチの種類
日本には11種類のアシナガバチの仲間が生息しており、そのうちの8種類ほどが本州に生息しています。
コアシナガバチ、キボシアシナガバチ、ヤマトアシナガバチ、セグロアシナガバチ、キアシナガバチ、フタモンアシナガバチ、トガリフタモンアシナガバチ、ヒメホソアシナガバチ、ムホンホソアシナガバチ、ナンヨウチビアシナガバチ、オキナワチビアシナガバチ
このうち、私が観察しているのは「セグロアシナガバチ」です。
アシナガバチと表現していますが、ここではセグロアシナガバチのことだと思っておいて下さい。
はじまりはたった一匹の女王蜂から
アシナガバチの巣作りはたった1匹の女王蜂からはじまります。
私がアシナガバチの小さな巣を発見したのは4月のことでした。
これから、1年を通してどのような営みが繰り広げられていくのか、春夏秋冬に分けて見ていきましょう。
春
1、女王蜂の目覚め
4月、桜の花が散り始める頃、アシナガバチの女王蜂が長い冬ごもりから目を覚まします。
2、巣作りをはじめる
目覚めた女王蜂は、たった一匹で巣作りをはじめます。
巣を作る場所は地表すれすれのところから、地上数メートルの高い場所まで様々ですが、約80%の巣が南東向きにつくられています。おそらく、早くから日光が当たるのでアシナガバチも早くから活動でき、子育てに都合がいいからだと思われます。
巣の材料は、枯れた木材などです。
女王蜂は枯れた木材を見つけると、その表面に水分を吐き出して湿らせ、後退りしながら頑丈なアゴで繊維をかじりとります。それをさらに噛み砕いて唾液と混ぜ合わせ、黒っぽいドロリとしたパルプのようなものを作りだします。
そのパルプのようなものを気に入った場所に押しつけ、まずは巣の土台となる部分を作ります。
巣の柱です。
何度も何度もパルプを運び、巣柱からだんだんと小さなワイングラスのような形を作り上げていきます。
大きなアゴで器用にパルプを薄く伸ばして壁を作り、それを広げて形を作っていく様子は、見ていて飽きません。まるで凄腕建築家のようです。
この時、2つの疑問が浮かんできました。
Q、なぜ、巣穴は六角形なんだろう?
これについては、アシナガバチの子育てを観察していると理解できました。
答えは、幼虫にとっての快適さと、巣の強度を上げるためです。
もし巣穴が三角形や四角形の穴なら、幼虫たちの体がうまくはまらないので窮屈ですし、丸い穴なら隣の巣室との間に隙間ができてしまいます。
六角形ならば、壁を利用して隣の巣室を作っていくことができるため効率がよいのです。
そして六角形は最もつぶれにくく、頑丈な形なので丈夫な巣を作ることができます。
Q、女王蜂は大きさがバラバラ。巣室の大きさに違いはあるのかな?
うちの庭に巣を作りに来ているセグロアシナガバチの女王蜂たちは、体格に差がありました。
大きめの女王から、小柄な女王まで様々。
でも、巣穴の大きさにはあまり違いがないようでした。だいたい、鉛筆がピッタリはまるくらいの大きさです。
その理由は、彼女たちが使っている「ものさし」にありました。
女王蜂は、自分の触覚をものさしにして、最初の巣穴の一辺の長さを決めるのです。
3、産卵する
巣室が出来上がったら、女王蜂は巣穴の中に卵を産みつけます。
約2mmほどの、小さな白い楕円形をした卵です。
この卵から生まれてくるのはメス蜂です。
女王蜂は、昨年の秋にオス蜂と交尾を済ませているので体内にオスからもらった精子を蓄えています。
卵を産む時に、この精子と受精させることで、メス蜂を産むことができるのです。
(交尾をしていないメス蜂(働き蜂)が産む卵から生まれてくるのは全てオス蜂になります。)
女王蜂は早く働き蜂に手助けしてもらいたいので、まずは働き蜂となるメス蜂の卵を産みます。
そして、巣の中央付近にいる数匹の幼虫を集中的に育てていきます。
夏
4、幼虫たちの世話と巣作り
女王蜂は、新しい巣室ができるたびに卵を1個産みつけていきます。
毎日1〜2個の割合で巣室が増え、だいたい15〜20室くらいの巣室をたった一匹で作りあげます。
卵が孵化するまでの日数は、気温によって変化しますが、18℃では37〜39日。20℃では18〜20日かかるとされています。
孵化したばかりの幼虫は卵とほとんど変わらないぐらいの大きさで、これを1令幼虫と呼びます。
脱皮をするたびに、2令、3令と大きくなり、5令幼虫のあと、さなぎになります。
卵が産まれて幼虫になり、まゆをつむいでさなぎになるまでに1ヶ月以上かかり、幼虫がまゆになってから羽化するまではさらに20日ほどかかるのです。
最初の働き蜂が羽化するまでの間、女王蜂たった一匹での子育てが続きます。
命をかけて狩りをする女王蜂
アシナガバチの幼虫が育つためにはタンパク質が必要です。
幼虫たちにタンパク質を与えるため、女王蜂は蝶や蛾の幼虫を狩りに出かけます。
その時に天敵に襲われることもしばしば。
蜘蛛の巣にかかってしまったり、鳥に食べられたり、カマキリに襲われることも。
出かけたきり帰って来られなくなることもあるのです。
(うちには10ヶ所のアシナガバチの巣がありますが、そのうち4ヶ所が女王不在の巣になっています。)
女王蜂の行方不明 どうなる?!残された幼虫たち
それでも、女王蜂は幼虫たちのため、命をかけて狩りに出かけていきます。
女王蜂は蝶や蛾の幼虫を見つけると襲いかかり、大きなアゴでよく噛み砕いて柔らかくし、丸めて肉団子を作ります。
肉汁は飲み込んでしまいますが、自分の栄養にしてしまうのではなく、後から吐き戻して幼虫に与えます。3令幼虫まではこの肉汁や、花蜜を与えて育てます。
4令幼虫くらいからは、肉団子を小さくちぎって与えます。
女王蜂が狩りに出かけている間の防犯システム
女王蜂が出かけている間、幼虫たちを外敵からどうやって守っているのでしょうか。
アシナガバチはお腹からアリの嫌いな物質を分泌させることができ、その物質を巣柱にぬりつけて、アリが巣に侵入できないように守っています。
ですが、その効果は長くは続きません。女王蜂が出かけている間に効果が薄れ、巣がアリに襲われてしまうこともあるのです。
アシナガバチ観察6月 さまよえる王子
巣を守ろうと、女王蜂は何度も何度も巣柱の辺りにお腹をこすりつけます。
そうして巣はだんだんと黒光りするようになってきます。
巣の増築だけじゃない!雨や暑さからも守らなければならない
女王蜂の仕事は巣を大きくして、狩りをして、子育てをするだけではありません。
雨や夏の暑さからも巣を守らねばならないのです。
雨が降ったら…
水の重みで巣が落ちたり、幼虫たちが溺れてしまわないように、女王蜂は雨水を口で吸い取っては外に吐き出し、巣を守ります。
暑くなったら…
幼虫たちが暑さで死んでしまわないように、羽を羽ばたかせて巣に風を送ったり、水を運んできて巣を濡らしてひやしたりします。
幼虫たちが出すスタミナドリンク
女王蜂がこんなにも忙しく働き続けることができるのはなぜなのでしょうか。
それは、幼虫たちが口から出す液体にありました。
女王蜂が餌を与えたり、触覚で頭をたたいたりすると、幼虫は口から液体を吐き出し、女王蜂はこれを舐めとります。
幼虫たちが出すこの液体には、成虫に必要な栄養が含まれていて、その中のアミノ酸には脂肪をエネルギーに変える働きがあるのです。
幼虫たちからもらう栄養とスタミナがあるから、女王蜂はあんなに頑張れるんですね。
5、働き蜂の羽化
幼虫がまゆになってから約20日。
最初の働き蜂が羽化しました。
羽化した働き蜂は女王蜂にかわって狩りをしたり、幼虫の世話や巣づくりをしてくれます。
とはいえ、最初からうまく飛べるわけではありません。
羽化した働き蜂は、最初のいく日かは女王蜂の世話を受けます。
それから飛ぶ練習を始め、最初は巣の周りを確認するように飛んで、場所を覚えます。
そしてようやく最初の狩りに出かけていくのです。
羽化したばかりの頃の働き蜂は黒っぽい目をしていますが、活動するようになるにつれて目の色が茶色っぽく変化してきます。
空き部屋の再利用
働き蜂が羽化した後の巣室は新しい幼虫のために再利用されます。
セグロアシナガバチは、まゆがいる部屋にも卵を産みつけるのです。
そんなことをしたら、さなぎが羽化するときにまゆのふたがわれて卵もつぶれてしまうのでは??
と思いましたが、大丈夫でした。
卵は六角形の巣室の隅に産みつけられていて、さなぎが羽化するときは上手にふたの真ん中に丸く穴を開けて出てくるので隅っこの卵は残るのです。
二階建て方式で巣室を使うなんて、セグロアシナガバチは賢いですね。
6、大きくなる巣 最盛期を迎える
働き蜂が増えると、巣はいっきに大きくなります。
働き蜂が入れ替わり立ち替わり狩りに出かけていき、巣作りや幼虫たちの世話をしてくれるので、女王蜂は巣の上で、産卵に専念できるようになります。
夏の終わり
7、女王蜂の死
夏が終わる頃、お別れが待っています。
女王蜂が死んでしまうのです。
たくさんの命を生み出して、精一杯子育てし、巣を守ってきた女王が、その一生を終えるのです。
女王蜂の死によって、働き蜂の誕生もとまります。
8、新女王蜂とオス蜂の誕生
女王蜂に死が訪れる頃、巣には新しい女王となる蜂が誕生します。
女王蜂が最後に産んだ卵から生まれたメス蜂で、働き蜂たちの手厚い世話を受けて育った体格の大きなメス蜂です。(一つの巣から何匹かの女王蜂が誕生する)
新女王蜂は、働き蜂のように狩りに出かけたりはせず、ほとんど巣の上で働き蜂の世話を受けます。
女王が死ぬと働き蜂が産卵しはじめ、その卵からオス蜂が羽化します。(交尾をしていないメス蜂が産んだ卵はオス蜂になる)
オス蜂は白っぽくて角ばった、あどけない顔つきをしています。
時々花の蜜を吸いに出かけることはあっても、狩りはせず、ほとんど巣の上でぶらぶらしています。
働き蜂にねだって食べ物を分けてもらうのです。
毒針も持っていないので、外敵から巣を守ることもできません。
なんと情けない…と思われるかもしれませんが、オス蜂には生命を繋ぐという大役があるのです。
秋
9、働き蜂たちも死んでしまう
秋が訪れる頃、働き蜂たちも一生を終えます。
自らの命が消えようとしているのに、新女王やオス蜂の世話をしようと、働き蜂は最後の最後まで力をふりしぼります。
10、交尾
死の訪れを背景に、新しい命を創造する瞬間がやってきました。
新女王蜂と、オス蜂の結婚です。
オス蜂にとっては、唯一最大の役目。
「我こそが、王なり!!」その遺伝子を残そうと、新女王蜂の周りに群がり、必死に求婚します。
こうして新しい生命の種が、新女王に託されるのです。
11、オス蜂の死
命を繋ぐという最大の役目を終え、オス蜂たちもまた死んでいきます。
蜂たちはいなくなり、繁栄した巣も静まりかえります。
巣は捨てられ、二度と使われることはありません。
冬
12、新女王蜂だけが生き残り、越冬する
交尾を済ませた新女王蜂だけが生き残り、越冬します。
朽ちた木の中や皮の間にもぐりこみ、春が来るのを待つのです。
体内に蓄えた脂肪で、何も食べずに6ヶ月も耐えることができます。
何匹かの新女王たちが寄り添って冬ごもりすることもあります。
春が来たら、また1へ…
そして春が来ると新女王蜂は目覚め、たった一匹で新しい巣を作り始めるのです。
こうして、命が繋がっていくんですね。
アシナガバチはおとなしい蜂…は本当か?
観察をはじめる前や、はじめたばかりの頃は、蜂といえば毒のある「危険生物」であるという認識しか持っていなかったので、刺されるかもしれないという不安をいつも感じていました。
でも、共に生きてみようと決心して彼らを観察していると、「蜂」=「通りがかっただけで攻撃してくる危険生物」という私の認識は、書きかえられていきました。
彼らが必死で守っている巣のすぐそばに顔を近づけたり、手鏡を巣のぎりぎりまで近づけて観察する私に、毒針が突き刺されたことは今のところありません。
働き蜂たちは、威嚇してくる(羽を広げて睨みをきかせる)ことはあっても、こちらが何も(巣にぶつかるなど危害を加えるようなこと)しなければ、向こうから攻撃してくることはなく、観察中に体にとまったりしたこともありましたが、じっとしていればすぐに飛んでいきました。
恐怖心から騒いだり、手で払いのけたりすると、「身の危険」を感じた彼らはとっさに刺してしまうことがあるのです。
常に死と隣り合わせである彼らの生活を思えば、もっと攻撃的でもおかしくはないと思います。
そういう意味でも、アシナガバチはおとなしい蜂だと言えると、私は思います。
刺されたときの対処法
とはいえ、刺されることもあるわけですから、もし刺されたらどうすればいいのかを知っておくことは大切です。
刺されたら、
1、まずはその場を離れる
2、傷を確認し、ポイズンリムーバーを使って毒をできるだけ吸い出す
3、43℃以上のお湯で患部を温める (少し熱く感じる程度のお湯でしばらく温め続ける。お湯がない場合はカイロなどを利用する)
4、消毒し、軟膏を塗る
5、医師の診察を受ける
3の、43℃以上のお湯で患部を温めるということには、疑問を感じられるかもしれませんが、これはアシナガバチの毒に含まれるタンパク質性の酵素毒を失活させるためです。
酵素毒はタンパク質性なので、43℃以上になると変性し、毒性がなくなるのです。
アシナガバチの毒の成分はこれだけではないので、完全になくすことはできませんが、ずいぶんマシになると思います。
(以前、私の家族が刺されたとき、温める対処法で痛みがほとんどなくなりました。)
他のサイトでは「冷やす」と書かれていることもあります。
炎症を抑えるためと思われますが、すぐに冷やすよりも酵素毒を失活させてからの方が効果的だと私は思います。
アレルギーをお持ちの場合、アナフィラキシーショック等の危険もありますから、現れてくる症状に注意し、場合によってはすぐに医師の診察を受けるようにしてください。
蝶が舞うという奇跡