丹後半島の先端、伊根町の伊根湾に行ってきました。
伊根湾といえば、舟屋が建ち並ぶ風景で有名です。
大昔から人の暮らしと共に在り、現在は観光地としても大変な人気を誇る港町を支えている豊かな海、伊根湾。
長きにわたって、海と人の暮らしを守り支えてきたものは何なのでしょうか。
そこには、忘れてはならない絶対的なペアの存在がありました…。

美しい海

海をのぞきこんで、その透明度に思わず「わあ〜!」と感激してしまいました。

伊根湾を訪れて、最初にやったこと。
それは、「伊根湾めぐり遊覧船」に乗ることです。
生き物好きの私にとって、カモメと戯れることのできる遊覧船は大好きな乗り物です。

伊根湾めぐり遊覧船

↑この船に乗ります。
所要時間およそ30分で伊根湾内を周遊します。

船の2階からカモメたちにえびせんをあげることができます。
出航前からカモメたちが集まってきます。
えびせんは切符売り場に売られていますよ。





えびせんを持った手を伸ばしたままじっとしていると、上手にくちばしでつまんで飛んでいきます。
たくさんのカモメに囲まれて、大興奮でした。
足元でひょこひょこ歩いている鳥もいて、小さな子どもさんは足元の鳥にえびせんをあげて楽しんでいました。

舟屋が建ち並ぶ伊根漁港

しばらくすると舟屋が見えてきます。

現在、伊根の漁港には230軒の舟屋が建ち並んでいます。
そのうちの22軒は宿泊施設になっているのだそうです。

舟屋は、400年前江戸時代の頃から存在していて、元々は「舟納屋(ふななや)」と呼ばれていました。
その目的は、大切な舟を格納しておくガレージだったのです。
昔の舟は木で作られていましたから、海水で腐蝕してしまうのを防ぐために舟屋の中に吊り下げて格納していたのだそうです。

地元のガイドさんの案内で、舟屋の内部も見学させてもらいました。

舟の格納庫以外にも、漁具置き場や作業場としても活用されてきた舟屋の内部には、漁師さんが使う道具が色々ありました。

元々は、舟屋は2階が部屋にはなっておらず、多くは道路を隔てた山側に主屋があります。
現在は、舟屋の2階を二次的な居室として活用しているのだそうです。
見学させていただいた舟屋の2階は、冬に雪が多くて交通に支障が出たときなど、学校の先生の宿泊施設としても活用されているそうで、あたたかな助け合いの精神に感心しました。素敵ですね。

魚屋さんはありません

舟屋郡の中に、魚屋さんはありません。
どうやって魚を買うのかというと、なんと、魚がとれると各家庭のタブレットに通知がくるんですって!
それをチェックして、欲しい魚があがったら、漁港に直接買いに行くんだとか。
小学校の給食調理員さんも、時々漁港に魚を買いに行かれるそうです。
そんな新鮮な魚で作られた給食は最高でしょうね!いいなあ〜!

かつてはクジラ漁でうるおった

伊根といえば、ブリが有名ですが、かつてはクジラ漁も行われていました。
湾内にクジラが入ってきたら、舟で入り口をふさいでモリで突いてしとめるのですが、最初にモリをついた人は「一番もり」として報奨金がもらえたのだそうです。
湾の入り口には常に見張り役がいて、クジラが湾に入ってベルが鳴ったら、夜中でも飛び起きて男たちはみんな漁に飛び出していったそうです。
話に聞くだけでも、ど迫力ですね!

クジラは、「一頭とれれば七浦がうるおう」といわれ、かつては日本のあちこちでクジラ漁が行われていました。
日本人はクジラの肉だけでなく、油も、皮も、骨も、歯も、ひげも、あますところなく大切にいただいて、生活に活用してきました。
クジラのおかげで貧しい村々もうるおって、餓死者を出さずにすんだのです。
日本中あちこちにある「くじら塚」はクジラの魂をまつってたてらてたものです。

伊根湾でも海の恵みに感謝して、舟屋台を海に出すお祭りが行われます。
舟屋台の上では歌舞伎や狂言などが演じられるのだそうです。

もんどり漁

海と寄り添って暮らす舟屋ならではの漁「もんどり漁」も見学させてもらいました。

海の中に網の仕掛けを沈めておいて、魚をとります。
今日は少なめだったそうですが、何匹かの魚が網に入っていました。
家のそばでこんなふうにして魚がとれるなんて、すごいですよね。

伊根湾の暮らしを守ってきた青島

でも、海のすぐそばで暮らすのに高波におそわれたりしないのでしょうか?
その答えは、湾の入り口にある「青島」にありました。

青島が南から吹く強風を防いでくれたので、外海が荒れていても湾内は穏やかさを保てたのです。

青島が存在してくれることによる恩恵は、それだけではありませんでした。
そこに生える木々が豊かな土壌を作り、栄養豊富な水が海へと流れ込みます。
枝葉についていた虫や微生物を餌に、魚たちが集まってくるのです。
島の木々はまた、木陰を作り、魚たちが安心できる環境をも与えてくれていました。

右側に見えるのが青島

海と人、そして森

私は、伊根湾での体験をもとに、海と陸との関係について調べてみました。
そして、豊かな海は山の木々が作りだす「土」に支えられていることを知りました。
参考 『森は生きている』『海は生きている』:富山和子著

土は、地球の長い歴史の中でありとあらゆる生命が、フンをしたり死んで微生物の餌になったりして少しづつつくられてきたものです。
土がなければ作物は育たず、不毛の大地に降り注いだ雨は、山岳地帯である日本ではすぐさま海に注いでしまいます。大地が水を蓄えることができなくなってしまうのです。
大量の土砂を含んだ冷たい水が海に注げば、たちまち海は濁って、魚たちもいなくなってしまいます。

木々は、降った雨が土砂とともに一気に海に流れ出るのを防いでくれるばかりか、土を育て、微生物を育て、水を養ってくれていました。
豊かな海を守るため、忘れてはならない絶対的ペアとは、山であり、森の木々だったのです。

大昔から、海辺の暮らしを支えてきたのは、林業にたずさわる山の民でした。
長い時間の中で、海の人と山の人が協力し合って守ってきたもの…。
今ある環境は、先人たちのたゆまぬ努力によって培われてきたものだったのです。

「木を植えた男」は、やはり存在していました。
木を植えた男

現在、舟屋郡は国の重要伝統的建造物群保存地区として大切にされており、裏山の木一本切るにも許可がいるのだそうです。青島の木々も「魚つき保安林」として守られています。

人と自然が共生して創り上げてきた素晴らしい海、山、森。
先人たちの思いを引き継いで大切にしていきたいと、改めて思いました。

林業にたずさわる人が減っている昨今、国産の間伐材を使用した割り箸やえんぴつ、国産木のすのこ、寿司桶、家具などを購入することで、木々を守り、国土を守ってくれている林業を、少しでも応援できたら…と思っています。

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