8月も終わりに近づき、春から共に暮らしてきたアシナガバチたちの生活にも、かげりが見え始めている今日この頃です。

蜂たちとの別れの気配に、なんとなく気が乗らなくて、なかなか記事にすることができずにいましたが、彼らと私に起きたことをありのままにお伝えしようと思っています。

不屈の精神で、一から巣を作り直した女王蜂

ジンチョウゲの枝に巣を作ったものの、最盛期を迎える直前にアリに襲われ、一家離散となってしまったカオリ女王の一群。
この巣から羽化したと思われるオス蜂は、巣があったジンチョウゲの周りをさまよい続けていました。

アシナガバチ観察6月 さまよえる王子

さまよえる王子のために、もうわずかな時間しか残されていないにもかかわらず、またもやジンチョウゲの枝に、一から巣作りに挑んだ勇気ある女王蜂と小さな巣を、私は祈るような気持ちで見守り続けてきました。

アシナガバチ観察7月 女王蜂の不屈の精神

さまよえる王子と、カオリ女王、そして娘の働き蜂。
この3匹の暮らしが新たにスタートしたのが、7月20日頃のこと。
他の女王たちの巣が最盛期をむかえる中、カオリ女王の巣はたった4部屋の巣室しかない小さなものでした。

1令、2令幼虫と、卵がひとつ。

再起をかけて挑んだものの、4月からたった一匹で、必死に巣作りと子育てにいそしんできたカオリ女王は、疲れきっているように見えました。

アシナガバチは、お腹の辺りからアリの嫌いな物質を分泌させることができ、それを巣柱に塗りつけて、アリが巣に侵入してくるのを防ぐのですが、カオリ女王にはもうその物質を分泌させる力も残っていないようでした。
小さな巣の柱は、いつまで経っても黒光りすることなく、白っぽいままだったからです。

それでも彼女は、懸命に新しい巣の幼虫たちを育てようとしていました。


どうして一度アリに襲われたジンチョウゲの枝に、再び巣を作ったのか。
それはやはり、さまよえる王子がジンチョウゲの周りから動こうとしなかったからではないでしょうか。

危険な場所だとわかっていたはずなのに…。

アリよけの力がないカオリ女王の巣がアリに見つからないように、うかつにハチミツ水を与えることもできません。
なんとか安全を確保してやれないものだろうか…。
そう思っていました。

早くに女王蜂を亡くして、私が保護していたテンちゃんたちの巣は、アリよけのために水をはった皿の上に置いてありました。
ああいうふうにできれば、アリに襲われる心配もなくなるんだけどな…。

でも、どうしてもジンチョウゲの枝がいいと、こだわる彼女の意地を傷つけたくなかったのです。
巣を移動させることは、彼女のプライドを傷つけるかもしれなかったので。

再び訪れた危機

巣に風をおくるカオリ女王

悪い予感というのは当たってしまうものなのでしょうか。

暑さの中、一生懸命羽を羽ばたかせて巣に風を送り続けているカオリ女王の頑張りを見て、日除けを作ってあげた矢先の出来事でした。

洗濯物をしまおうとしたついでに、ジンチョウゲをのぞきこむと、もうすぐ日が暮れるというのに、カオリ女王がまだ羽をバタつかせています。

もうそんなに暑くないけどなあ…。

変だなと思ってよく見てみると、ジンチョウゲの枝を、巣に向かってゾロゾロとのぼってくるアリたちの姿が目に入りました。

アリだ!!!

ああ、どうしよう!?
王子も働き蜂もパニックで飛び回っています。
私もパニックです。

このままでは、またやられてしまう!
どうしよう、どうしよう、どうしよう!!
うう〜〜〜〜〜〜!

アリたちには悪いけど……こうするしかない!
ごめん!!!
ザバーーーーーーッ

私はとっさに、近くにあった猫の飲み水をジンチョウゲにぶちまけていました。

女王の意地

できるだけ巣にかからないように意識しましたが、少しカオリ女王にもかかってしまいました。

「ああ…!ごめんよ!」

それでもアリの列は途切れませんでした。
ひるむことなく仲間のつけたにおいをたどってくるアリたち。
少し水をかけたくらいでは、においの道筋は消えはしないのです。

そんな…。

立ち尽くす私と、それでもアリを追い払おうと羽をバタつかせるカオリ女王。
私の耳には、ブーンという彼女の羽音以外、聞こえなくなっていました。

……………………………………………………………………………………………。

ハサミ!!!

自分がしようとしていることが、うまくいくかどうかもわからずに、私は決めたのです。

カオリ女王の巣を、ジンチョウゲの枝ごと、切り取る!!

巣が木の枝にある限り、地面からどんどんアリたちがのぼってきます。
今さら角砂糖で引きつけたところで、彼らの狙いは変わらないでしょう。
アリたちのにおいの道筋を断つには、枝ごと切り取るしかありませんでした。


蜂がパニックを起こしている巣を、枝ごと切り取ろうだなんて、正気の沙汰とは思えません。
もっと大きな巣なら、多分そんなことできなかっただろうとは思いますが…。

アリたちがどこからのぼってくるのか、茂みの中なので全然わかりませんでした。
思い切って腕をつっこみ、手探りで巣のついている枝を探し当てると、ハサミをかまえました。

これか…。
切断…………………………!!

枝をそーっと持ち上げると、急いでフーフーと息を吹きかけてアリを吹き飛ばしました。
「あとで角砂糖あげるから、許して!お願い。」


はあ〜〜〜〜
また手を出してしまった…。
枝を見つめて、ガックリと肩を落としました。
私みたいなのはきっと、カメラマンには向かないだろうなあ…。
別に目指してるわけでもないけどさ…。

枝先を見ると、小さな巣に体を濡らしたカオリ女王がしがみついています。
巣には穴があけられていましたが、幼虫も卵も残っていました。

よかった…。

この一連の出来事の中で、私をことさら驚かせたのは、カオリ女王の行動でした。

彼女は、アリに襲われようが、水をかけられようが、枝を切られ巣をゆさぶられようが、しっかりと巣にしがみついたまま、絶対に離れようとはしなかったのです。
王子はいつの間にかどこかに逃げてしまい、娘の働き蜂はパニックであちこち飛び回っていたというのに。

女王の意地と度胸に、私は胸が熱くなりました。

なんてすごい生き物だろうか…。

ずぶ濡れで巣につかまったまま、疲れ果てて眠ってしまった女王を起こさないように、私は女王と巣のついた枝を、水をはった容器に挿して、元巣があった場所にできるだけ近いところに置きました。

こうしておけば、もうアリがのぼってくる心配はありません。
枝の生気も、しばらくは保つでしょう。

真夏に再スタートする厳しさ

そんな事件の後、8月が始まりました。
カオリ女王の巣には朝から日差しが照りつけていました。

それにしても、暑いなあ。
幼虫たちは大丈夫だろうか。

枝ごと切り取ったので、どこにでも移動可能になったのですから、できればもっと涼しい場所に移動してやりたかったのですが、ほんの15㎝ほど動かすだけでも、蜂たちは帰巣できずにさまようこともあったので、安易に動かせませんでした。

それに、ジンチョウゲのところがいいというカオリ女王の意地もありましたから。

幼虫たちが無事かどうかが気になって、蜂たちが留守の間に巣をのぞきこむと、巣室の隅にちょこんと小さな卵と幼虫が見えました。
でも、生きているのかどうかがわかりません。

「お母さん、帰ってこんねえ…。」
汗を拭きながら巣のそばで蜂の帰りを待ちわび、帰ってきたら一番喜んでいたのは、私だったかもしれません。

でも、そんな日を過ごすうちに、女王蜂も働き蜂も、巣の周りをうろつくばかりで、帰らなくなっていました。
王子はアリ騒動以来、行方不明のままです。


もしかして、だめだったのだろうか…。

………………………………………………………………………..

翌朝、私はカオリ女王が卵を産むのを見ました。

朝日の中で、巣穴にお尻を差し込んでじっとしている彼女のお尻から、小さな白い楕円形の卵が生まれました。
朝日を浴びて、白く光る小さな卵。

あれが、彼女が最後の希望をたくして産んだ卵だったのだと知ったのは、少し後のことでした。

女王に敬意を

次の日の夕方、巣の様子を見にいくと、娘蜂が戻ってきて、カオリ女王と交代するところでした。

今度は女王が狩りに行くのかな、と思って見ていると、空に上がって行かずに近くのフェンスにとまってじっとしています。
カメラを向けると、くたびれた様子でうなだれている女王の姿がありました。

「どうしたの?巣に戻らないの?」

囁きかけると、私に見られたことをちょっとまずく思ったのか、両手で顔や触覚の手入れをして、平気そうに見せていましたが、その姿はしぼんだように小さく見えました。

しばらくそうして休んだあと、またフラフラと飛んで、娘蜂の待つ巣に戻っていきました。

いつもと少し違う女王の様子に、変だなあと思ったものの、それが彼女との最後の対面になるとは思いもしませんでした。


次の日、巣には誰もいなくなっていたのです。
見ると、一昨日白く光っていた卵は、乾いて黄色くなっていました。

だめだったのか…。

真夏の日差しは、小さな巣の卵や幼虫には耐えきれなかったのです。


朝日の中で、カオリ女王が最後の卵を産んでいた姿が思い出されて……私は泣きました。


人間界ではこういうのを、失敗とか、負け組とか言うのでしょうか。
カオリ女王は、女王でした。
最後まで、女王であり続けました。


ジンチョウゲの花咲く頃、いい香り漂う枝に巣をかけにきた女王蜂だったので、カオリというニックネームをつけたのが、最初の出会いです。

ここまでジンチョウゲにこだわるとは、全く名前のとおりの女王でした。

私は彼女のことを尊敬しています。
いつまでも私の友達です。

彼女は私のことを、そうは思っていないだろうけど…。

他の巣の蜂たちは

庭組の他の巣の蜂たちは、順調に繁栄し、テンちゃんたちの巣も小さいながら、たくさんのオス蜂が羽化してにぎやかになりました。

交尾の様子も見られ、命のバトンは引き継がれていくようです。

5千万年も前から、脈々と受け継がれてきた彼らのDNA。

その知恵や行動は、様々な生命のドラマの中で培われてきたものなのだと思うと、感動せずにはいられません。
気の遠くなるような時間の中で、私との暮らしはほんの瞬きほどにもならないのでしょうが、彼らのDNAのどこかに書き込まれていたら面白いなあと、想像すると笑えてくるのです。

蜂たちが去っていく姿を見送るのは寂しいですが、長い生活史を持つ彼らのことですから、そのDNAがつながっていく限り、きっとまた会えると思っています。

アシナガバチ観察 冬 新女王の越冬