『耕さない農業』
土を耕すのが農業の常識だったはずが、それを根底から覆す概念が世界各地で広がりを見せています。

土を耕さないだって?
そんなことをしたら土が硬くなってしまって、作物を植えるどころじゃないじゃないか!

私もそう思いました。
ところが。
これがどうやら逆らしいのです。
土は耕さないことで、よみがえる。

一体どういうことなのでしょうか。

それは、人と自然が共生しながら作物を育む農業。
破壊をともなう栽培から、調和による栽培への転換でした。

耕すことで破壊していたもの

作物と雑草。
人間は作物を育てたいけれど土が区別をすることはなく、雑草も同じように育ってしまいます。
そこで人間は、土を耕していったん土壌をリセットし、そこへ肥料を混ぜて作物を植え、植物の生存競争に作物が勝てるように調整してきました。

そうして収穫量を増やし、利益を上げてきたのですが、耕すことで破壊していたものがありました。

土中の環境です。

土の中には地上の何倍もの生物が生き、バランスを保っています。
土が耕されることで、そのバランスが一気に崩れてしまうのです。
土を耕し肥料を混ぜ込むこれまでの方法は、短期的には利益をうむのですが、長い目で見ると土中環境を破壊し、有機物を減少させ、土を劣化させてしまいます。

「土壌の生産力を失った文明は滅亡する。」と言われるのは、ギリシャやローマなど過去に栄えてきた文明が、土の劣化により衰退してきた歴史があるからです。

土を耕したくらいで文明の危機を招くなど、大袈裟なように思います。
しかし、トラクターの登場により広大な農地を耕し、大量の水や化学肥料、化石燃料を使って単一の作物を大規模に栽培するようになると、問題は膨れあがることになりました。

農業の工業化がうんだ様々な問題

田畑を作物の生産工場のように扱ってしまったことで、人類は多くの問題に直面することになりました。

1つ目は、先述した土の劣化。
耕すことで土中の生態バランスを破壊し、農薬や化学肥料の使いすぎで微生物やミミズなどの土壌生物が死んでしまうことによるものです。

2つ目は、エネルギーとコストの問題。
農機具を動かすための化石燃料、農薬や化学肥料、水を大量に使用する方法ではコストがかかります。
化学肥料は、地球の資源を使ってできたものです。
リン鉱石は可採年数があと数十年とも言われていますし、窒素など十分にあるものでも、肥料に加工するためには多くのエネルギーを使用しなければなりません。
こういったことから価格が高騰し、手に入りづらくなることも予想されます。

3つ目は、温室効果ガス排出の問題。
以下、朝日新聞の記事から引用します。

土壌は巨大な炭素の「貯蔵庫」だ。大気には約3兆トン、森林などの植生にはCO2に換算すると約2兆トン分がたまっているとみられているが、土壌にはその2倍以上の5.5兆〜8.8兆トンがあるという。表土だけでも約3兆トンを貯蔵している。耕すことで、植物の根や微生物が地中にため込んだ炭素が大気中に放出される。

2022年9月18日朝日新聞グローブ第263号より

農機具を動かしたり、化学肥料を生産するのにも化石燃料を燃やしてエネルギーを使用しますので、大気中のCO2を増やす要因になってしまいます。

4つ目は、食料問題。
様々なことが複合されて出てきたのが、食料の問題です。
これまでのやり方が通用しなくなってきたことで、世界の食料バランスも崩れてしまうという悪循環に陥ることに…。

人間の利益だけを優先した考えで突き進んできた農業の工業化でしたが、土壌の健康をないがしろにしてきた結果、様々な問題をうむことになってしまいました。
土に多様な生物が在ってこそ、作物を作り続けることができるのです。
土をよみがえらせるためには、生命に戻ってきてもらわなければなりません。

土を耕さないことで、それが可能になるのでしょうか…。

耕さないで作物を育てる

土をよみがえらせるためには、ただ土を耕さなければいいのかというと、そうではありません。
必要な条件を整える工夫がいるのだそうです。
これについては、アメリカで農場を営むゲイブ・ブラウンさんが6つの原則を守ることが重要だと説いています。

以下に引用します。

①.土をかき乱さない。(土を耕さない)
②.土を覆う(被覆植物を植える)
③.多様性を高める(数十種の野菜や穀物、花を一緒に育てる)
④.土の中に「生きた根」を保つ(一年中、何かしらの植物を育てる)
⑤.動物を組み込む(農場では、牛750頭、豚250頭、羊150頭、ニワトリ1000羽を放牧している)
 これに自然条件や経済状況に合わせたやり方を取り入れる「背景の原則」を加え、現在は6原則と呼んでいる。

2022年9月18日朝日新聞グローブ第263号より

自然界では、土があるところには様々な植物が生えています。
一種類の植物だけが生えている状態は、不自然なことです。
農地を自然界により近い状態にすることで生き物が元気になり、土がよみがえる。

詳しくはブラウンさんの書籍『Dirt to Soil:One Family’s Journey into Regenerative Agriculture』が日本語に翻訳されて『土を育てる』として出版されていますので、興味をもたれた方はそちらもご参考になさってください。

耕さない農業は元々日本にあった

驚くべき発想の転換である『耕さない農業』ですが、世界的に広がりを見せる以前から日本に存在していました。
農哲学者 福岡正信さんの、『不耕起栽培』、『自然農法』。
岩澤信夫さんの稲作り『冬季湛水による不耕起移植栽培』
など。

日本の気候風土に合った、自然との共生による農業です。

岩澤信夫さんの著書『究極の田んぼ』にはイトミミズの排泄物が田んぼの肥料になるうえ、雑草の発芽も抑えられる仕組みが紹介されており、日本の田んぼが秘めた可能性を感じました。
田んぼは環境浄化と町おこしの力を秘めている

真面目に耕すことが良いことだとされていた中で、耕さない農業に対する世間の風当たりは厳しかったそうです。
ですが精力的に活動された結果、日本でもこのような栽培法を営む方が増えてきているとのことでした。
現役の農家さんでどのくらいいらっしゃるのかわかりませんが、家庭菜園などで自然農法に取り組んでおられる方も多いようです。

福岡正信さんも岩澤信夫さんもお亡くなりになりましたが、全生命を広く深く思いやるこのような農法を後世に伝えて下さったことに、感謝しかありません。

人間と自然の関係性が変わるとき

人間はこれまで、一生懸命に土を耕し、自分たちが頑張って作物を育てていると考えてきました。
ところがそれは、膨大なエネルギーを消費し、地球の環境を破壊することでもありました。

このように書くと、これまで歩んできた道が間違いであり、悪であるととらえられてしまいそうですが、私はそのようなことをお伝えしたいのではありません。

生きるため、子孫を繁栄させるために歩んできた道。
人間が生物として生きてきたことに、良いも悪いもありません。

どのような道を歩もうとも、そこから何を学び、どう成長するかが大切です。

危機に立たされて気づいた、大切なこと。
地球は人間だけの星ではない…
これまで人間中心だった世界観から、自然との共生という方向に意識を向けることは、人類の意識の進化です。

個人から地域、国、地球へと意識を拡大し、全てを見渡しながら土壌に向き合っていく。
『耕さない農業』は、そうして見出したひとつの選択肢であり、こうあるべきと限定されるものではありません。
多種多様な生き物が在るように、ひとりひとりが選択することもまた、多様であるのが自然です。

人類全体が急激に方向転換したら、その不自然さにまた新たな問題が現れてくることでしょう。
選択と決心、行動が個人に委ねられているからこそ、地球全体にゆっくりとした安全な変化をもたらすのです。

私は、自分の家庭菜園で耕さない農業をやってみようかな。と考えています。
自然がどのような変化を見せてくてるのかを楽しみながら、新しいやり方を自分の肌で感じてみるのもおもしろいかもしれません。

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